警備員は社会不適合者?


なんとも波紋を呼びそうなタイトル
です。「俺は違うぞ」という声が
聞こえてきそうです。



結論から言えば、社会不適合者だから
警備員になった訳ではありません。
縁があったから警備員になったのです。



今回は「置かれた場所で咲きなさい」
に対する問題提起を行います。



記事の元となった引用ブログでは
「努力は1割しか解決をしない」と
主張しています。



さらに、社会にしっかり適応できる人は
13%で、残りの87%は何かしら社会
に適応できない。



これを見てホッとしました。自分が社会
不適合者だから警備員をやっていたわけでは
ないのだ、と。



さらに人間には、暗黙知(無意識の知能)
があり、それで仕事になっているという
主張もありました。



また面白かったのは、日本人は
パワハラ上司やブラック企業など
環境が悪いと、すぐ枯れてしまう。



しかし、環境が合えば蘭のように大輪の
花を咲かせることができる。



対してアフリカ・ヨーロッパ系の人は
ストレスには強いけれど、咲く花は
こじんまりしたタンポポのようだ。



これは、不安感を感じやすい脳内物質が
日本人には多い事に由来しています。



どこでも花を咲かせるように遺伝的に
設計されていない。努力は遺伝に
勝てない、とさえ言っています。



だからこそ「咲ける場所に移動する」
事が重要だ、という結論でした。
ブログ詳細はこのリンクをどうぞ。



パワハラ上司やブラック企業の行う
「選別」は、労働者人口が多いからこそ
成り立っていた。圧迫面接もそうです。



または旧態依然とした、職人系の職場
などでも選別は根強いでしょう。



ところが少子化で労働者人口が減ってきて
「する人がいなくなる」危機が顕在化する
今後、どうなるか。



雇用の流動化も激しくなると思います。
セーフティーネットの拡充は必須ですが。



置かれた場所で咲きなさい、というのは
如何にも使う側の都合です。努力という
言葉が好きな日本人らしい。



但し競争が激しくなるほど、従業員の
パフォーマンスが大事になり、低いと
負けます。



咲く場所を捜すことが、今後使う側と
使われる側がWINーWINになる為
に必要ではないでしょうか。



結局、誰が言い出したか
知りませんが、社会不適合者という
ワードは気にする必要はない。



9割弱の人たちが、何かしら社会不適合
なのだから。



警備員を見て来た自分から言えば、確かに
社会不適合者じゃないか、と疑う隊員も
散見してきました。



警備以外の仕事はできないだろうな。
しかし、犯罪を犯す訳ではなく
働いて納税している。



このどこが社会不適合者なのでしょう。



こうみると、社会不適合者というワード
は、上級層がマウントを取るために発した
ワードではないか、と疑っています。



加えて警備員は、その仕事への偏見から
社会不適合者扱いされやすい。とんでも
ない差別です。



それを良しとするかしないかは、その人
その人の価値観でしょう。警備が天職なら
勤め上げれば誇りです。



一方、それが我慢ならない人はどうすれば
いいのでしょうか。警備に従事するだけで
屈辱に塗れる。かつての自分がそうでした。



咲ける場所に移動しましょう。少なくとも
本ブログに来ている皆さんは、その可能性
を秘めています。



自分は社会不適合者だからだめだ、という
思い込みを捨てることがスタートです。



警備員からの転職は、スキルと言うよりも
知識や情報を元に、縁を呼び込む力が
大きく影響します。



中年になっても高望みし過ぎなければ、
咲ける場所に移動する事は、決して
不可能ではありません。



自分自身に対し、社会不適合者だから
警備員しかできない、という呪縛から
解放してあげてください。



警備隊内でマウントを取り、自分が快適
なように抵抗勢力を抑えるのは、上記の
呪縛からくるのでは、と観ています。



少しの気づきで人生の流れが
変わる可能性もある、社会不適合者と
いうワードに惑わされるな、ですね。



社会不適合者というワードもそう
ですが、底辺の仕事というワードも
そうです。



警備は底辺の仕事だ。偏見に過ぎ
ませんが、心無い人がマウントを
取るのに使ってきます。



警備が天職と思えるのなら、誇りを
持って勤め上げればいい。天職と
思えないなら、別の仕事をすればいい。



ただこれだけの話です。



ただそれに気づくかせまいとする
会社の戦略があると言う事を
知っておいた方がいい。



それは、自分は警備しかできないと
いった思い込み。本当にそうで
しょうか。



警備員からの転職は、気づきと縁。
この2つをクリアして、中年以降は
高望みしなければ、難しくない。



ところが使う側からしてみれば、
警備よりましな待遇の仕事に逃げ
られちゃ困る。



大抵そういう人は、使える(有為な)
隊員です。年金を貰うまで、いや
貰いながらでも使い倒したい。



そこで、頻繁な現場異動や指導訓練
責任者など資格所得の強制、研修漬け
にして、プライベートの時間を奪う。



要は考えさせる時間を与えない。
溜まったストレスは、飲む打つ
買うで、消費してもらう。



こうして時間だけが過ぎていき、
気が付いたら年金について考える
時期にきていた。よくある話です。



自分らしく咲ける場所は他にあるのに
それに気付かせない。有為な隊員ほど、
使う側はこの戦略で臨むのでは。



それだけ警備業界は人手不足、
それも有為な隊員が足りないと言う
現状ですね。



自分もその戦略で来られたことが
あって、がんじがらめにされる
ところでした。



上司曰く「俺の目が黒いうちは
お前を幹部にしてやる」3年ほどで
辞めていきましたが。



将来を期待するならば、大まかで
いいから、キャリアパスを示す
べきなのです。



どんな仕事をして、人生を過ごすかは
その人の価値観ですが、底辺の仕事と
揶揄され、誇りを持ちこともできず



屈辱感を抱えながら人生の大半を
過ごしてしまう。残るのは後悔。



最後になりますが、警備員からの
転職は、誰にでも勧めるものでは
ありません。



人生警備員で終わりたくない、
後悔したくないと強く志す人が
自己責任で行うもの。



人生は選択の連続。皆さんも
後悔しない選択をして欲しい。
行くも勇気、止まるのも勇気。








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